盲目の芸術:

 

西村陽一郎のスキャングラム

​後藤武

 

西村陽一郎は近年、スキャングラムという手法を追求している。スキャングラムとは、フラットベッドスキャナに直接物体を載せて透過原稿用モードで撮影することによって、かつてのフォトグラムやレイヨグラフのような効果を引き起こそうと するものである。その特徴は、カメラのファインダーを経ることなく画像を生み出 すことと、本来の色相を補色反転させたことにある。

フォトグラム創成期の写真家タルボットやアンナ・アトキンスがすでに植物を対 象にフォトグラムを製作していたことからわかるように、花はこの手法にとって特権的な対象だった。それにはおそらく理由がある。花は、フォトグラムやスキャン グラムに似ているからである。

植物には器官としての眼がない。動物は眼の網膜の視細胞にあるロドプシンとい う光受容タンパク質で光をとらえている。光合成によってエネルギーを獲得している植物にとって、光は動物よりもはるかに切実な存在である。だからこそ植物には、 光受容タンパク質が全身に広がっている。光合成のためのクロロフィル、光環境を認識するためのフィトクローム、クロプトクローム、フォトトロピンなどが知られ ている。中でも青色光の受容体であるフォトトロピン(photo-tropin)は、青色光を 選択的に受け取り、その刺激によって花成を促進させるという。接頭辞に photo と付けられているのが暗示的である。

花の色は、主にフラボノイド、カロテノイド、ベタレイン、クロロフィルの 4 種 類の色素によって発現するという。中でもカロテノイドは青色を中心に吸収し、赤 から黄色を反射させる。この反射した色が人間の眼に映るため、カロテノイドの多 い花弁は赤や黄色として発現するわけである。花弁の色に赤や黄色が多いのは、このカロテノイドの働きによる。

西村は、スキャングラムによる「青い花」シリーズにおいて、花々を補色反転させた青く光る花たちを現出させた。植物細胞のマチエールを意図的に脱落させた、 光としての花がそこに立ち上がっている。衝撃的な美しさだ。補色反転させること で、人間の眼に見えている反射光の色味としての花弁の赤や黄は、吸収光としての 青に変わる。青色光はフォトトロピンを通じて植物に受容され、その刺激によって花成を引き起こす。人間の眼には見えない花成の動的な過程を、補色反転はまるで可視化するかのようである。それは、植物の側から植物を見ていることに他ならな い。

かつてゲーテは、ニュートン光学を批判して生理学的な色彩論を構築した。その中心に置かれたのが補色理論だった。目をつぶった時に残像として瞼に現れる補色の意味を、ニュートン光学は説明することができない。補色同士は、植物の吸収光 と反射光のように相補的に結びついている。植物の成長が両極性に引き裂かれなが ら進んでいくように、色もまた両極が関係し合いながら存在しているとゲーテは考 えていた。ニュートン光学の産物であるデジタル・スキャナは、意外なことに人間の眼をモデルとしていたカメラから私たちを解き放ち、植物の生の実態に近づくことを可能にしてくれる。晴れやかで明るく、しかし翳りをも帯びた盲目の植物たちが光を希求する姿が、西村のスキャングラムに定着されている。